ゆりまりパパの家ブログ

子どもの話、ミサワホーム蔵のある家の二世帯住宅や日常生活などの話をします。都内在住、6歳と3歳の娘がいます。

両足人工股関節置換手術とリハビリ

何度かに分けて、中学受験→就職活動→おかしな人事→突発性難聴→大腿骨頭壊死症という流れでしたが、今日は手術とその後について書きます。

 

私が人工股関節の手術を受けたのは日産厚生玉川病院の松原先生のところで受けました。

 

手術日は妻の誕生日。私が33歳の時、4年ちょっと前です。手術前までに自己輸血の血を蓄えたりしていました。その時までは何も思ってませんでした。

 

でも、手術の前日の午前中から入院すると、なぜか落ち着きませんでした。今になって、死んで焼いたら、骨じゃなく金属なのかな?とか、本当に自分の足は金属で繋がるんだなとか。そういった、潰れた骨への想いというのでしょうか?色々な気持ちが混ざり合って落ち着きませんでした。でも、どこかで覚悟を決めないとと自分に言い聞かせていたのを覚えています。

 

結局、前夜はあまり寝れずに、手術日に。

11時から開始の予定の手術が前の人が遅れて開始が遅くなるという連絡が…。

 

私はその時にはまぁ、しょうがないという気持ちでした。妻や母は何でだろうと心配をしていました。

 

とはいえ、私の順番になり看護婦さんの後をついて手術室に行くことに。妻には「誕生日でごめんね」と一言。その後に手術室に向かいました。

 

けっこう長い距離を歩いたのですが、その間、またまた、色んな事を考えました。今までの自分の骨との思い出や、死刑になる人はどんな思いを持って死刑台に向かうのかまで。でも、最後は「希望」と「未来への誓い」を胸にもって手術台に上がりました。

 

その後は、手際の良いスタッフさんがどんどん準備していき、先生から「用意はいいでふか?」に対して「はい」とのみ答えると、麻酔の点滴が入っていくのかヒンヤリしたと思ったらそれ以後の記憶はありません。唯一、手術室にはミスチルが流れていたのを麻酔前に聞いていたなという感じです。

 

両足人工股関節の置換え手術でしたが、予定通り3時間程度終わったとこです。麻酔から醒めてボンヤリして、ストレッチャーで運ばれている時には、親父と妻がいて、妻が私を見て貧血を起こしたらしいです。

 

手術後は、体内に溜まった血を出すために両足にマッサージ機みたいなものがはめられていて、定期的に圧がかかります。そして、徐々に麻酔から覚めて暗いなかで、プシュー、プシューという音が続きます。そして、何よりも辛いのが術前に説明がありましたが、体内に金属が入ったことによる拒絶反応で、熱がかなり出ます。40度くらいがずっと続いてこの日も全然眠れませんでした。

 

朝になるといきなり、入浴のメニューがあり車椅子に移ってと言われるものの、移動も全く出来ない状態で動くとかなり痛みが…。

 

両足には血が溜まらないようにと管がつけられていて、それは何日間か刺しっぱなしでした。動くたびにカサブタから出る独特の液体が出ますが、お医者さん曰く、問題ないとのことですし。私自身も切って、いじってる訳だから仕方ないかと思ってました。こんな感じです。

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手術前はこんな感じ

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手術後の1日目からリハビリは始まりましたが、後は筋肉を戻して、これからの生活に向けてと考えると特に苦ではなかったです。

 

リハビリ時間以外も、廊下で歩く練習をしたり、片足立ちの練習をしました。看護婦さんたちからは、退院時にかなり真剣に取り組んでいましたよねと言われました。

 

お見舞いに来てくれる人も多く、病室は個室だったのですが、お見舞いの品ばかり増えるのと、気分転換で病棟の談話室へ行って飲み物を飲んだりしていたので、同じ手術をした人とも仲良くなり、私は全然今も痛いとか。あなたは若いのに…。などよく雑談をしたり、お見舞いの品を分けたりしていました。

 

途中で見舞いに来てくれた医者の友人から、ここの病院はすごい腕いいだろ。でも、回すためと後は日常生活で慣らすしかないから退院するけど、退院前に紹介状を書いてリハビリ病院に通った方がいいとアドバイスを受けました。彼はリハビリ病院だと、初台リハビリテーション病院が脳梗塞などの症状が中心だけど、1番いいハズと教えてもらい、紹介状で週2回の通いで退院後行くことが決まりました。

 

手術から3週間経たないうちに退院をして、日常生活+リハビリをしました。始めは洗濯物を干したり、プールでのウォーキング、娘の保育園迎えなどで筋肉痛の日々でしたが、術後1ヶ月後にはディズニーランドに行ってました。

 

当初、会社も3ヶ月休む予定も、2ヶ月経たないうちに復帰して、週1回のリハビリというメニューになり、その後リハビリ病院からも大丈夫でしょうとのことで、通常の生活をしてます。

 

術後半年では、ゴルフに復帰。

そして、今シーズンはスノーボード復帰。

一昨日は個人フットサルに復帰しました。

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個人フットサルだけは、ガチな人が多く、体をガツガツ当てて来るヤツがいて、一度吹っ飛ばされ転びましたが…。

 

もう少し強い体になります。

いま、筋肉痛です。

 

この金属とも、あと10年から15年。

もう一度やる時まで健康を維持しないと。

 

でも、病気を通じて得たものが多かったので今度、得たものを紹介します。